ジャイロボール対決「イチロー選手VS松坂投手」
野球少年か年配の野球マニアまで広い人気を得ている2人。ジャイロボールで話題のイチロー選手と松坂投手の対決の話題を紹介します。1999年。西武ライオンズに入団した高卒ルーキーの松坂大輔は、日本最高の打者として活躍していたイチロー=元オリックス・ブルーウェーブ=との初対戦で、3打席連続三振に切って取りました。"自信が確信に変わった"とコメントした松坂投手は、シーズン終了後に「イチローさんと対戦するたびに徐々に打たれていく感じがする。力で封じ込めたい」と話しました。日本での対戦成績を34打数8安打(2割3分5厘)としたイチローが大リーグ進出を果たした際も、「イチローさんが行くなら僕も行きたい」と意欲を燃やしていた松坂は、その後ボストン・レッドソックスのユニホームを着ることになりました。そして、2人は先日ボストンのフェンウェイ・パークで8年ぶりに対戦しました。日本のメディアが「平成の名勝負」とまで書きたてた同対戦を制したのは松坂だった。4度の対戦で三振1、内野ゴロ2、外野フライ1とイチローを完璧に封じ込めた。日本での最後の対戦(2000年8月)以来まさに6年8カ月ぶりとなった同日の対戦で、松坂は当初の作戦通り初球を変化球から入り、ファースト・ストライクを奪った。最後はフルカウントから内角低めの速球(148キロ)を投げ、投ゴロに打ち取りました。松坂のジャイロボールの勝ちか。その後も3回、先頭で打席に入ったイチローを中飛に抑えたほか、5回1死一塁の第3打席ではカウント2?2から低めに落ちる変化球を投げ、空振り三振に仕留めた。イチローは7回1死一塁で迎えた第4打席でも二ゴロに打ち取られた。松坂は「得点能力の高いイチローさんを絶対に出塁させてはならないという監督のアドバイスを守っただけ」とコメントした。一方、イチローは「多くの人々が見守るビッグゲームで自分が打てなかったのはストレスだ。しかし、これで終わったわけではない」とし、雪辱を誓った。松坂は、イチローとの対戦では4打数無安打と押さえ込んだものの、7回8安打1四球3失点と初黒星を喫しました。日本でテレビ観戦していた「ジャイロボール」の創始者、手塚一志氏は「スローで確認することができないため何とも言えないが、松坂が7回表にイチローに対して投げた初球はジャイロボールに似ている。多分カット・ファーストボールを投げようとしてすっぽ抜け、ジャイロボール回転になったのではないか」と解説しています。